お花見は 前もって祝う「予祝」の意味が

二十四節気

「桜の開花宣言」

私たちは「おお!咲くか!」なんて当たり前に聞いていますが、

世界的に見たら
「何のこっちゃ」
な宣言です。

日本人の季節や自然の変化に対する思いって、独特のものですよね。

そもそもなぜ
桜の下で花見をするのでしょう。

それはもちろん美しいからですが、古くには
きちんとした意味があったのです。

かつて、

「その年の稲の豊作を願い先に祝ってしまう」
「予祝」として花見をしていたと言われます。

引き寄せの法則で
「願望が叶ったことをイメージする」
という方法がありますが、それそのもの。

田の神様に今年の豊作を祈りつつ叶った体で祝ってしまう

現代の私たちが行っているお祭りや習わしには
農耕から起こったものも多い。

お花見もそうなのです。

一昨年も去年も我慢で、
今年もちょっと我慢を交えて・・・。

それでも、
ついつい桜に引き寄せられてしまうのは
日本人の農耕DNAの仕業じゃないかと思うのです。

ですので、
お花見の人々に対しても
「勝手に豊作を願ってくれている」
と眺めるようにしてはいるのですが、

上野公園でもどこでも、
桜の木の下に敷物を敷いて宴会をしている様子を見ると

「ちっ」

と舌打ちしたい気持ちになるのが本音。

「根の上に乗るんじゃない」そう思ってしまいますし、

実際に枝を折っている輩を見ると寄って行って体当たりしたりします。

(周囲はそんな私に内心舌打ちをしているかも・・・)

桜って繊細な植物で、下手に切るとあっという間にダメになり、根が傷つくと弱ります。

桜の花が特別好きなわけではありませんが、植物に対する無謀な行動は見るとやはり腹も立ちます。

コロナ禍で以前のような予祝が出来ず
なんだか寂しくはありますが、

桜にとっては、良い養生になっていると思います。

 

私も愚かな花見客を見ても体当たりしに行ったりせずに

「秋の豊作を祈っている」

とおおらかな心で見ることといたします。

  

今年は感染対策をしながらでしたらお花見も出来るかもしれません。


是非、
マスクなしで自由に暮らせる日々を予祝してみて下さいね。

ムーンサイクルプログラム

新月から始まります。